名古屋高等裁判所 昭和27年(う)1150号 判決 1953年6月22日
控訴人 被告人 辻本安太郎 外八名
弁護人 田中稔 外一名
検察官 神野嘉直
主文
原判決を破棄する。
被告人辻本安太郎を懲役一年六月及び原判示第二(一)の事実につき罰金弍万円、同(二)の事実につき罰金参万円に、
被告人宮城文直を懲役一年及び原判示第二(一)の事実につき罰金弍万円、同(二)の事実につき罰金参万円に、
被告人福成神次、同上原栄吉を各懲役八月に、
被告人辻本定秀、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重を各懲役六月に
処する。
被告人辻本安太郎に対し原審における未決勾留日数中三十日
被告人福成神次に対し原審における未決勾留日数中五十日
を夫れ夫れ右各懲役の本刑に算入する。
右各罰金を完納することができないときは金弍百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。被告人宮城文直、同上原栄吉、同辻本定秀、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重については此の裁判が確定した日から参年間右各懲役刑の執行を猶予する。
検証第六十七号(第二黒潮丸その附属具共)(記録第百六丁第百七丁)、第一乃至第十一号、第十三号、第十五号乃至第十九号(記録第百九丁)は被告人宮城文直以外の各被告人から、検証第十四号(記録第百九丁)は被告人上原栄吉からいづれもこれを没収する。
原審における訴訟費用中被告人福成神次、同上原栄吉、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重につき各国選弁護人に支給して生じた部分は夫れ夫れ当該被告人の、爾余の部分は被告人宮城文直以外の被告人等及び原審相被告人四谷万蔵の連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は被告人宮城文直の弁護人豊川忠進及び爾余の被告人等の弁護人田村稔の各控訴趣意書の通り。
田村弁護人の論旨第一について
一、原判決が同論旨一所説のようにその第一の(一)の事実を判示していることは記録上明らかなところである。而して所説の指摘にかかる「其の積荷等一切を完了し」とあるはその措辞やや明確を欠く憾がないわけではないけれども受け継いだ前文をも通じて考えれば原判決別表目録第一の物件の積込みその他一切の出港準備を完了した趣旨に解することができ、その積荷の範囲については右別表第一の物件に限られているものと認められ所説のように更に他の物件を積荷した趣旨とは解し難く、二、従つて原判決がその第一(一)の関係において同論旨二所説のように右別表目録第一の物件以外の物を積荷した事実を謳つたものとは認めがたい。又、三、原判決が同論旨三所説のようにその第一の各事実を認定しこれに法令の適用を示していることは明らかであるけれども関税法第七十六条の第一、二項を比較対照し、同第二項の予備又は未遂の罪の明確に規定せられた後における本件につき、その輸出せんとしたる物件の未だわが国領海の外に出でざる点に鑑みると右原判示第一の各所為は未だ未遂の域を出でないものも解すべきである。よつて原判決には各所説のように判示事実を明確にしなかつたり、審判の請求を受けない事実につき判決をしたり、法令の適用を誤つたりしたような廉はいづれもこれを認められない。然れども四、原判決が同論旨四所説のように没収した検証第六十八号乃至第七十六号は検証第十二号と共に本件公訴の範囲の外にあり原判決も右各物件について右説示のように関税法第七十六条の犯罪にかかる物件と認定しなかつた趣旨に認められるのでこれら物件について関税法第八十三条により没収することができないのにも拘らず敢てこれを没収した原判決には所説のように没収に関する法令の適用に誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。よつて原判決中被告人宮城文直以外の被告人等に関する部分は刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十条によつて破棄を免れない。
同論旨第二、第三について
原判決が所説のように検証第六十七号(第二黒潮丸其附属具共)を没収し、これが法令の適用を示していることは記録上明らかである。而して原判決の挙示する証拠によれば被告人宮城文直以外の被告人等は被告人辻本安太郎を中心に被告人福成神次において多額の資金を提供して、夫れ夫れその地位の軽重、目的の直接間接の差はあるにしても本件原判示第一の密輸出を共謀し右第二黒潮丸を借入れてこれを使用して前説示のようにこれが密輸出物件を積載してその準備を完了しまさに出港せんとする段階にあつて、右船舶は同被告人等の実力支配下におかれ、もつてその共同占有にあつたことが明らかに認められ、原判決には所説のような理由不備、審理不尽又は事実誤認の廉はいづれも認められないので各論旨はこれを採用しない。
豊川弁護人の論旨第一について
昭和二十三年七月七日法律第百七号所得税法の一部を改正する等の法律第二十三条関税法第百四条等によれば被告人宮城文直の本件犯行当時において沖縄が関税法の適用上外国と看做されていたことが明らかであるので論旨はこれを採用しない。
職権をもつて調査するに
原判決が被告人辻本安太郎につきその判示第一(一)、第二(一)、(二)、被告人宮城文直につきその判示第二(一)、(二)の各事実を認定し、関税法第七十六条第二項第一項(尚第二(一)については旧法)を適用して夫れ夫れ懲役及び罰金を併科し、被告人辻本安太郎に対し懲役壱年六月及び罰金五万円、被告人宮城文直に対し懲役壱年(三年間執行猶予)及び罰金五万円の刑を科したことが記録上明らかである。しかるに関税法第八十四条の四(前記昭和二十三年七月七日法律第百七号、昭和二十五年四月三十日法律第百十七号によつて各改正せられたものにつき各別に)によれば関税法を犯したる者には刑法第四十八条第二項の規定の適用のないことが明らかである。よつて右のように刑法第四十八条(第二項)の規定を適用した原判決には法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決中被告人辻本安太郎、同宮城文直に関する部分は刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条によつて破棄を免れない。
よつて爾余の各論旨について判断をなすまでもなく本件各控訴は理由あるに帰し、且つ本件は当審において直ちに判決をすることができるものと認め刑事訴訟法第四百条但書によつて更に判決をする。
当審の認定する事実は原判決が各その挙示の証拠によつて認定した事実(本件各公訴事実)と同一であるからここにこれを引用する。
而して右事実に法令の適用を示すと、原判示第一(一)、(二)の各所為は夫れ夫れ現行関税法第七十六条第二項、第一項(尚右第一(一)については刑法第六十条)にあたるので各所定刑中懲役刑を選択し、原判示第二(一)の所為は行為時法によれば昭和二十三年七月七日法律第百七号によつて改正せられた関税法(旧法)第七十六条第一項、刑法第六十条に、裁判時法によれば昭和二十五年四月三十日法律第百十七号によつて改正せられた現行関税法第七十六条第一項、刑法第六十条に各あたり右は犯罪後の法律に因り刑の変更ありたる場合にあたるので刑法第六条、第十条によつて新旧両法の比照をなし其軽い前者の刑に従い同旧法第七十六条第二項によつて懲役及び罰金を併科し、原判示第二(二)の所為は現行関税法第七十六条第一項にあたるので懲役及び罰金を併科し、被告人上原栄吉の原判示第一(一)、(二)の所為は包括一罪にかかり被告人辻本安太郎、同宮城文直の右各所為は各刑法第四十五条前段の併合罪であるから刑法第四十七条、第十条によつて各重き原判示第二(二)の罪の懲役刑につき併合罪の加重をなし各刑法第四十八条第一項に従い、以上各刑期及び罰金額の範囲内で、被告人辻本安太郎を懲役壱年六月及び原判示第二(一)の事実につき罰金弐万円、同(二)の事実につき罰金参万円に、被告人宮城文直を懲役壱年及び原判示第二(一)の事実につき罰金弍万円同(二)の事実につき罰金参万円に、被告人福成神次、同上原栄吉を各懲役八月に、被告人辻本定秀、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重を各懲役六月に各処し、刑法第二十一条によつて被告人辻本安太郎に対し原審における未決勾留日数中三十日、被告人福成神次に対し原審における未決勾留日数中五十日を夫れ夫れ右各懲役の本刑に算入し、右各罰金を完納することができないときは刑法第十八条によつて各金弍百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、尚被告人宮城文直、同上原栄吉、同辻本定秀、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重については情状懲役刑の執行を猶予するのを相当と認め各刑法第二十五条によつてこの裁判が確定した日から各参年間右各懲役刑の執行を猶予し、(一)検証第六十七号(第二黒潮丸その附属具共)第一乃至第十一号第十三号第十五号乃至第十九号、(二)同第十四号は現行関税法第七十六条の犯罪に係る貨物乃至其の犯罪の用に供した船舶で(一)については被告人宮城文直以外の被告人等の(二)については被告人上原栄吉の各占有にかかのるで関税法第八十三条第一項によつて(一)については被告人宮城文直以外の被告人等から、(二)については被告人上原栄吉からいずれもこれを没収し、刑事訴訟法第百八十一条第一項(尚連帯の点については刑事訴訟法第百八十二条)によつて原審における訴訟費用中被告人福成神次、同上原栄吉、同寺田熊一、同近藤文雄、同今村勝喜、同公文藤重につき各国選弁護人に支給して生じた部分は夫れ夫れ全部当該被告人の、爾余の部分は全部被告人宮城文直以外の被告人等及び原審相被告人四谷万蔵の連帯負担とすべきものとする。
(裁判長判事 羽田秀雄 判事 小林登一 判事 小沢三朗)
弁護人田村稔の控訴趣意
第一、原判決は積荷の関係に於て左の欠点がある。
一、原判決は事実の判示不明確である。即ち理由第一の(一)に於て「依て茲に全員共謀で同二十六年六月二十日頃迄に前記浜島町に参集し協力し愈々其出航準備に取り掛り同年七月三日頃前記機船に其積荷の大部分別紙目録第一の物件を積込み続いて右積荷等一切を完了し」云々と判示しているが続いて其積荷等一切を完了しとは何を意味するや不明である。続いて其積荷の大部分とある其積荷を指すものとすれば其内容が不明であつて如何なるものを積込みたるや全く判明せず即ち右判示は事実を明確にしない違法がある。
二、原判決は起訴せられない事実を認定している違法がある。即ち起訴状によれば公訴事実の第一に被告人は共謀の上税関の免許を得ることなく昭和二十六年七月三日頃三重県志摩郡浜島町漁船機関修理工場浜に繋留中の前記帆船第二くろしほ丸に別表第一記載の沖縄向け木材木工機ミシン等を積込みとあつて別表第一記載物件について起訴していることは明瞭である。然るに原判決は本趣意書第一の一記載の如く右別表第一記載物件の外にも積荷を為したるものの如き事実を認定判示しているのは明かに起訴事実以外の事実を犯罪として認定した違法あるものと謂わざるを得ない。
三、原判決には擬律錯誤の違法がある。即ち前記本趣意書理由第一の一記載の如く本件の積荷について積荷等一切を完了しと認定しながら其法律の適用に於て関税法第七十六条第二項第一項を適用している。即ち右適用法条は既遂法条でなく予備又は未遂に関する法条である。然し乍ら関税法に於て無免許輸出入の場合其輸出入の目的たる貨物等を已に船舶に積込みたるとき之を既遂と見るべきであることは従前の判例であつて其後変更せられたることを聞かない。然らば判示事実の如き認定であらば之を既遂として関税法第七十六条第一項を適すべきであるに拘らず之を適用せざりしは擬律錯誤の違法ありと謂うべきである。
四、原判決は没収すべからざる物件を没収した違法がある。即ち原判決は其主文に於て押収の検証第六七号(第二黒潮丸其附属具共)第一乃至一九号(但第一四号を除く)第七六号及第六八号乃至第七五号各物件は被告人宮城文直、梅木清以外の被告人等全部に付、同第一四号物件は被告人上原栄吉に付各没収すると判示した。然し乍ら右押収物件の内押収の検第七六号(三分板六十七束一〇一〇枚、六分板九十九束五七三枚、正角百五十六本、正割二十五本)同第六八号(ナタ五十丁)同第六九号(ミシン頭木箱入一個)同第七〇号(ミシン頭ナシ木箱入一個)同第七二号(大工用ノミ一五八丁)同第七三号(目醒時計八個)同第七四号(ソロバン大九、小一)同第七五号(ペン先一グロス入四箱)は検事の起訴事実以外の物件であるが関税法第八三条に没収すべき物件として規定されておるは第七十四条第七十五条若くは第七十六条の犯罪に係る貨物とあり其意味は其貨物が先ず起訴せられた事実のうちに含まれる物件でなければならないと解すべきであるから右起訴事実に含まれない物件である。前記押収物件は仮令原判決に於て予備又は未遂と認定したればとて之を犯罪に係る貨物として没収するは不当である。
第二原判決は没収に関し理由不備及審理不尽の違法がある。
(一)即原判決は其主文に於て押収の検証第六七号(第二黒潮丸其附属具共)を没収する旨を判示其理由に於て供用の船等につき関税法第八十三条に依つて没収する旨判示している。然し乍ら同条に依れば其犯罪の為の用に供したる船舶であつても犯人の所有又は占有に係るものでなければ之を没収することは出来ないことになつている。然し乍ら原判決では右の没収した船舶については単に傭船しとあるだけで犯人の所有でない事は明かであるが其占有関係については少しも明瞭でない単に傭船したと言うだけでは之を占有していたと言うことにはならないので占有で没収するとすれば当然其占有関係を明瞭に説示すべきであつて其説示なしに漫然犯人の占有として没収したのは理由不備と認めざるを得ない。又判示被告等のうち宮城文直、梅木清以外の被告人全部につき没収すとあつて其関係被告全員の占有と見たのか其うち誰れの占有と見たのかも不明であり全員の共同占有と謂うが如き事は有り得べからざることでありその等の点について何等審理を尽さず又説示なきは結局審理不尽理由不備たるを免れない。其事は船舶以外の没収物件についても同様である。
(二)又原判決は前述の如く没収船舶を犯人等の占有と認定しているが事実はそうでなく右船舶の所有者は名義上柴原登波となつているが事実上の所有者は其兄柴原多賀夫の所有に属し便宜上柴原登波の名義となつているに過ぎない。而して右柴原多賀夫は被告人等に欺かれて船長として乗船していたのであつて船舶の占有者は通常船長であることは法律上既定の事実である。船の運航は全て船長の指揮によつて行われるものであるから仮令傭主として乗込める者ありとしても船長こそ占有者と解すべきである。然らば本件の船舶については犯人たる被告等は船舶の所有者でもなく又占有者でもないのであるから之は関税法第八十三条の没収の対象とはならないものである。而して柴原多賀夫が何等本件犯罪行為に関係なく全く善意無過失にて船長として船を指揮運行することになつていた事実は福成神次の薗部副検事に対する第六回供述調書に「前回申上げた通り辻本は柴原多賀夫を船長として乗せると言う様な事を申しましたので私は柴原は何の関係で其船に乗せるのか話が最初の頃と違うではないかと詰問した処辻本は四谷を船長にしようと思つたが同人は試運転の結果ラットの持工合がどうしても未熟だからこの場合あれ(柴原を指す)を連れて行かなければならん、あれの他柴原の配下で山城も一緒に乗せて行く、其処であの地図を(沖縄方面の航海図を指す)柴原に見せないようにしてくれと言うようなことを申したのでしからば柴原は沖縄行の事情を知つて居るのかと尋ねた所いや柴原には未だ沖縄行の事は話していないからあの地図を見せると都合が悪いのだ、同人には九州へ真珠母貝を採りに行くと言うことにしてあるのだと申しましたので私は未だに船長に事情を話してないと言う事はどうした事だそんな馬鹿な話はないか若し柴原が沖縄行を承知しなかつたらどうする心算だと念を押した処柴原に対しては否応なしに承知させるから福成さん其点は安心して呉れ実は貴殿にもかねて話してある通り柴原から其船を借りるについて同人は修繕費を出すと云い乍らそれを履行せず又船を準備すると言うてだんだん其準備を引延ばしておるので自分の方で凡て修繕費を支払い相当此船には金がかかつておる、其金は大体六七十万もかかつておるので今更此船の権利については柴原に於て文句が言えないし又文句が言えた義理でもない。若し柴原が船内で説きふせても沖縄行を承知せざれば船艙に叩き込んでも承諾させる又潮の岬を三四十哩離れた所で行くも行かんもあるものか脅しつけてマストにひつくくつてでも言う事を聞かせるようにするから其点は福成さん僕を信じてくれと言うような事を申された云々」の供述があり他に辻本安太郎に対する薗部副検事作成の供述調書中にも同様の供述があることによつて明瞭である。以上の如く占有についての事実の誤認がある。
第三原判決は事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼす事が明かであるから当然破棄さるべきである。即ち原判決は被告人福成神次を共同正犯と認定した。然れども記録全体を通じ共同正犯と認定する資料が乏しい。
何となれば福成が本件に関係を持つに至つた動機は彼が香港に行きたいためであつて決して彼の目的は密貿易をやることではなかつた。従つて本件密貿易の利害には何の関係もなく単に金を出して第二くろしほ丸に便乗せんとしたに過ぎない。然も福成が機関の修理費の出費を辻本に約したるは勿論辻本が本件犯行を決意し且つ其実行に着手し傭船契約をなし貨物の大部分を買入れ造船所に船の修理を依頼した後であることは、福成神次の薗部副検事に対する第一、二、三回の供述調書によつて明確である。即ち福成は第二くろしほ丸に便乗し香港に渡航せんが為に其反対給付として密貿易船たるを知りながら機関の修理費を出したに過ぎない。換言すれば密貿易船と知りながらそれに便乗する為に船賃を出したると五十歩百歩である。福成の出費が辻本の本件犯行を容易ならしめたとしても上述の如く両人間の目的とする所は全く相違し居る点より本件の全体を眺むる時は福成の加工行為を直ちに以て実行正犯の域に達して居るものと解するは甚だしく福成、辻本の心理に反するものであつて事実の誤認たるを免れず福成に対しては幇助罪を以て問疑すべきであると信ずる。
第四原判決は刑の量定が重きに失するから破棄さるべきものである。即ち原判決は辻本安太郎を懲役一年六月罰金五万円福成神次を同八月宮城文直を同一年罰金五万円梅木清、上原栄吉を各懲役八月辻本定秀、寺田熊一、近藤文雄、今村勝喜、公文藤重を懲役六月に処し辻本安太郎、福成神次を除く各被告については懲役刑の執行猶予の言渡をした。
然れども右刑の量定は同種の犯罪に対する高知地方裁判所其他関税法違反事件の多い他の裁判所の判決と比較するとき余りにもその軽重に開きがあり辻本安太郎に対しては懲役刑の執行猶予其他の被告に対しては罰金刑の言渡あつて然るべきであると信ずる。
弁護人豊川忠進の控訴趣意
第一原審は公訴事実第一、二の事実を認定して関税法違反であると判示した。即ち昭和二十五年四月上旬に大阪市尻無川口で機帆船すみよし丸に製材機、棒鋼を積んで高知港に回港し同所で竹竿千本を積載し梅本が船長となつて沖縄に向けて出港し同月十七、八日頃沖縄本島奥港に着船荷揚し、同年五月上旬頃右奥港より該船に真鍮屑銅屑等を積んで同港を出帆し同月中旬頃大阪市安治川口に着船して陸揚したことが関税法違反と云うにある。然し沖縄県は日本の領土であつて終戦まで同島と本土との間に関税法を施行されたことはない。只だボツダム宣言受諾によつて北緯二十九度以南の沖縄諸島は日本政府は行政権を行う事は出来ないと云う丈けであつて未だ領土を失つたのではない。政治、経済等の一部分のみの行使権を制限されたからと云つて之等の諸島を外国と断ずる事は出来ないはずである。而して講和条約締結によつてポツダム宣言の効力は当然失つたのである。尚ほ桑港平和会議に於ける日本の領土は四つの島と之に附隨する島と云う事になつて居るが沖縄島を除外するとは云つていないから日本は之等に対する領土を失つたのではない。終戦から講和条約締結迄は右諸島との物資の交流には関税法を適用して居たのであるが、之は専らポツダム宣言受諾によるのであるから之が排除された以上講和条約締結前に行われた犯罪事実に対しては限時法を適用すると云う特別な法規のない限り免訴の判決をなすべきに不拘有罪と認定した事は明かに法規違反の判決である。
第二原審は公訴事実第一、二は総て被告人と被告人辻本安太郎と共謀の上為したものと認定して居るが、事実は被告人が沖縄県奥港の出身者であつて同人が戦後墓参に行き度いと希望して居る事を好機として同人に船の誘導方を依頼したのみであつて、第一の尻無川口から積込んだ製材機並に棒鋼は全部辻本安太郎の所有であつて被告人は之等の関係なく只だすみよし丸に便乗して郷里沖縄に行つたのみである。又第二の事実に付ても被告人は貨物買入出資、運搬等に何等の経済的の関係はない。只だ第一、第二事実共に便乗した関係上物資の積込、陸揚等に多少手伝した事はあるが金銭的には一切関係していない。この点原審は事実の誤認である。
第三被告人は沖縄県国頭郡奥出身者であつて太平洋戦争の時艦砲射撃によつて全村落一物も残らず荒野となつたのでせめて墓所を改修したり生き残つた末弟に会うために辻本安太郎に頼んですみよし丸に便乗させて貰つたのである。密航して行つた事は誠に不都合であるが然し右の様な止むに止まれぬ人情の発露として行われた事に対して仮令原審認定の様な事があつたとしても右の様な状情を酌量して貰わねばならないと思うが原審はこの点に付て少しも考慮して居られないのであるから刑の量定重きに失するものと想う。
右何れの点からしても原審は破棄を免かれないものと思うから可然御判決を賜り度い。